月影追い  







 灯りといえるのは、窓から差しこむわずかな月明かりだけだった。
「忍人さんでしょう」
 もぞりと動いた影から声がした。寝台から体を起こした千尋が、ゆっくりと顔をむける。
「俺がここに来ることを、知っていたのか?」
「私が知っていたのは、誰かがきてくれるということだけよ」
「そうか」
 忍人は腕をくみながら、そう言葉を返すしかなかった。
「素直じゃないのね。忍人さんだって、わかった理由を聞きたいんでしょう」
 肩がぴくりと動くほど、忍人の気持ちを言い当てていた。自分でも驚くほど動揺したのだけれど、柔らかい月明かりは それを包み隠すほど弱いものだった。
「眠れない千尋に付き添うようにと、言われて来ただけだ」
「部屋に入るまえから忍人さんだって、わかったわ」
「俺はひと言も発していない」
「声がしなくても、等間隔の足音の合間に二振りの剣が鳴ることでわかるの」
「千尋の戯言に付き合わされるとわかっていたら、剣を一つ置いてくればよかったな」
「どんな細工をしても、無駄よ。理屈じゃない、願いに近いのかな。強く想ったら忍人さんが ここにいるという感じ」
 ゆっくりと立ち上がったのが、気配でわかった。窓を背にしているので千尋の表情は、まったくわからない。
「俺は柊たちに嵌められて、千尋のところに行くように言われただけだ」
「断るという選択肢もあったのに、それを選ばなかったのは忍人さんよ」
 千尋の言う通りだった。千尋のもとを訪れないという選択肢が、自分の中に存在しなかったのだ。
 戦が終わってから顔色がすぐれない千尋が、気がかりだった。日中は鍛錬を理由に、夜は話をする理由を見つけられず 、宮の外から千尋の部屋の窓を探すことしかできなかった。
「まえの戦を気にしているのだろう。亡くなった者を嘆くことは、死を無駄にすることになる。死に慣れろとは言わない、志を見つめ直せば違った心持でいられる はずだ」
「私もみなの足手まといにならないよう、剣を取りたい」
 千尋が思いのほか近かった。手を伸ばせば簡単にかこってしまうほど傍で、胸にみたことのない剣を抱いている。
「剣を振りかざした大将に先をいかれると、あとに続く俺たちはつらいな」
「なにもできずに守られている辛さを知らないから、そんなことが言えるのよ」
「千尋……!?」
 忍人の胸にとびこんできた千尋は、大将という器とはまったく異なる、線の細い女だった。
「私が立ち上がれば、兵は望んで前に出ようとする。死に兵なんてまっぴらよ、私がひとりでも打倒せたらその人達も――」
「まずは、休むことだ」
「私は剣を取ることも許されないの?」
「そうじゃない。この俺を振りほどけないようでは、剣を持つ資格はない」
 千尋の手首をつかんでいた。血を吸うような剣を持たせたくないのと、千尋を自分で守りたいという思いが交差したからだろう。
「忍人さん、痛い」
 慌てて手をはなした。
「千尋の前に立っていたい。もしも俺の背がみえなくなったら、その剣を抜けばいい」
「私に剣を教えてくれるのね」
「ぐっすり眠ったあとだな」
 千尋を寝台へと腰かけさせた。剣を掴んだままの千尋の手に、忍人は自分の手を重ねた。
「約束よ。私がめざめたら、一番に剣の稽古をつけて」
「千尋が起きないときは寝台から引きずりおろすから、その覚悟でいろ」
「意外と、手荒いのね」
 くすくすと、千尋は笑っている。
「本気でいったのだが」
「むきになるほど別な意味に聞こえて、ますます眠れなくなりそう」
「おっ俺は千尋が悪夢にうなされた眠れないと聞いて来ただけだ。やましいことなどなにも――」
「そうそう、そんな感じでたまには感情を出さないと、疲れるわよ。最近どこか思いつめた顔していたの、 自分では気づいていなかったでしょう」
「えっ……」
「今夜はいろんな忍人さんに会えたから、楽しい夢をみられそう。おやすみなさい」
 千尋が体を横たえことはわかっている。頼りなげな月明かりでは目を閉じているかのかわからないが、柔らかい視線を 忍人ははっきりと感じていた。それを正面から受け止めるよう腰をおろすと、窓のむこうに月をさがした。もう少し月が高くのぼりあたりを照らし出すと、千尋ともっと近くなれる気がした。








         











○● あとがき ○●
忍千、初書きになります。 忍人って腕組みしながら少し離れた場所から見守りつつ、千尋の言葉にふっと微笑む感じなのです。 千尋の存在が自分のなかで大きくなっていくことに戸惑い、どう接していいかわからず、 気がつけばつねに目で追っているという、女子に関しては苛っとくるほど未熟なのでした。 八葉の誰よりも戦上手な忍人なだけに、千尋にたじたじになる彼が萌えだったりするのですよ! 「千尋の前に立っていたい」と自分の発言の意味に気がついていないけど、「俺が守る」と大胆なことを 言ってくれています。ベタに甘い科白より、シンプルなほうが忍人らしいと思っているのでした。
忍人相手だと、魔性の女に変化の千尋です(笑)千尋にしてみれば、顔をみなくても部屋に入って きた瞬間に忍人と確信するほど、あなたのことが好きなのよと言っているのに、それに気づかない彼が もどかしいのです。だからといって感情的にならず、じわじわと迫る描写は書いていて 楽しいですね。堅物忍人と魔性の千尋の立場が逆転する、ぎりぎりの話を書けたらいいなと思っていますので、 気長にお待ちくださいませ。











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