遅参の理由  








 約束の時間より一刻早く柊のもとに集まったのは、風早とアシュヴィンと布都彦だった。卓いっぱいに 地形図が広げられているかわりに、杯がのっていた。軍議となれば、真っ先に席についている忍人の姿もない。
「葛城将軍に、なにかあったのでしょうか」
 不思議に思った布都彦が、柊に訊いた。
「取りこんでいる忍人には、一段落したらここに来るようにと言ってある」
「大事な任務に就かれているのですね」
「忍人にとって大事な任務といえるでしょう。女を知るという」
 腰を下ろそうとしていた布都彦が、大きくよろけた。
「俺は、来ないほうに賭ける。ああいう堅物ほど、のめり込むからな」
 卓をはさんだアシュヴィンが、風早にむかってにやりと笑った。
「そうでしょうか。軍議をすっぽかすほど女に溺れる忍人ではないと思う。そのうち姿を見せるでしょう」
「初めてだからこそ、夢中になるのではないか」
 アシュヴィンが、決めつけるように言った。
「柊殿、軍議があるからとここに集まっているのですよね」
 軍議のために呼ばれたのに、それとは全く関係ない忍人と女のことしか聞こえてこない。アシュヴィンと風早の会話を耳に入れないよう身体ごと、柊に向きなおった。
「ええ、そうですが」
「安心いたしました」
 と、にっこり笑って言えただろう。忍人ほど女の話題から遠い人物はいないと、布都彦は思っている。
「布都彦には、まだ話していなかったのですね。何事もなくその場を立ち去ることが できないほどの女を、忍人にあてがったのです。その女をかいくぐってまで、軍議に参加するか否か。ちなみに女と関係を持っても、 忍人がここに顔をだしたら参加したことになるのです」
「はっ……?」
「そう難しく考えなくとも参加するかどうか、布都彦はどう思う」
「どんなことがあっても軍議に参加されるのが、葛城将軍です」
 自分でも驚くほど、大きな声を出していた。
「遅くなって、すまない」
 戸口にもたれかかるように、忍人が立っていた。激戦のあとでも決して見せない疲労を、隠すことなく浮かべている。皺の寄った忍人の胸元を 目にし、下をむいた。
「まったく面白くない男だな」
 と舌打ちしたアシュヴィンが、
「軍議に顔をだしたことは、認めるしかないな」
 忍人の肩を抱くようにして卓につかせた。
「俺は柊に言われた時間通りに、来たではないか」
「それがですね、1刻遅れているのですよ」
 風早がなだめるように言った。
「柊、確かお前は――」
「軍令通り、遅参した理由を聞こうじゃないか」
 忍人の言葉を遮ったのは、アシュヴィンだった。柊は忍人の声が聞こえていないというように、紙になにかを書きつけている。
「謀ったな、柊!」
「軍議より重要なことでもあったのか」
 アシュヴィンが質問した。
「俺はただ……」
「ただ、どうしたんだ」
「柊に言われた刻にここにきた。それがどうして遅参になるのか、こっちが訊きたい」
「往生際が悪いな」
「柊、なんとか言え!」
「忍人が言えないのであれば、代わりにこの方に訊いてもいいのですが」
 ようやく口を開いた柊が入口に目をやると、気配が動いた。現われたのは、女だった。誰かに似ていると、柊の隣についた女をみながら 布都彦は思った。
「なっ……」
「忍人がどうしても言いたくないというのであれば、この方から話をうかがうことになりますが」
 柊が人の悪い笑みを浮かべた。
「おっ俺は、何もしていない」
「では何もしていないといことを、証明してもらおうか」
 嬉しそうな声をあげたアシュヴィンと対照的に、忍人からはうなり声が聞こえた。





   女は並んですわっている柊と同じくらいの背格好で、墨のように黒い髪は腰まで届いている。他のものは映らないというよう忍人をみつめている瞳に、布都彦は はっとした。髪と同じ色をしているが、強い意志を表す瞳は、二ノ姫と同じだった。
「もう一度聞くが、なにもなかったのだな」
「突然、抱きつかれ……」
「それでどうした」
 一言も聞き洩らさないというよう、アシュヴィンの目が鋭くなった。
「この女を振りほどくのに、手間取った」
「だから俺が言った通りでしょう。忍人は、女より軍議をとると」
「風早は忍人の言葉を鵜呑みにするのか。本当かどうか、この女に聞いた方がいいのではないか」
「その必要はないのですよ、アシュヴィン殿」
 下がっていいと柊が言うと、女は忍人に目くばせをしてから出て行った。
「忍人が女と言った時点で、触れてもいないことがわかったのです」
「どういうことだ、柊」
 噛み付きそうな勢いで、忍人が叫んだ。
「もしかして、あいつは男だったのか」
 アシュヴィンが仰け反るようにしながら言った。布都彦は、思わず声を漏らすところだった。瞳が二ノ姫に似ていることだけでなく、手入れの行き届いた髪や、 腰をおろす何気ない仕草に、魅入られる自分がいたから。
「ここに入ってきた瞬間に、男だとわかりましたよ。この賭けは俺の勝ちですね」
「忍人に男をあてがうことは、賭けにならんだろう。この勝負はなしだな」
「おまえたち、なんの話をしている」
「軍議ですよ。忍人が戦の最中に女に溺れて、すっぽかさないか」
「本気で言っているのか……」
 忍人の右手が、腰に佩いている剣にかかった。
「大きい戦の敗因に女が絡んでいたことは、いくつもある。戦と女は切り離しているから、俺には関係ないことだが」
「アシュヴィンは、そういうことにしておきましょう。この賭けですが、忍人が軍議にきたので俺と布都彦は無しですね」
「柊が男を使ったので、この賭けは成立しないではないか」
「仕方ありませんね、では私が罰を受けるとにしましょう」
 柊が言った。風早とアシュヴィンは顔を見合わせ、なにやら話し込んでいる。
「賭けとか罰とか、あいつらは何を言っているのだ」
「わっ、わかりません」
 といったあと、布都彦はうつむいた。賭けの内容はともかく罰とは耳にしたばかりで、知らないことは事実だった。
「忍人が罰を受けることに決まった」
 風早が平然と言い放った。
「どういうことだ、風早!時刻を偽られたうえに女に邪魔され、やっとここに辿り着いたら軍議はなく罰を受けろと。納得できん」
「男と見抜けなかった、忍人が悪いのですよ。男ならそのくらい、容易いことでしょう」
「千尋に似ていたから、俺なら振りほどくような手荒いことはしなかっただろうな」
 アシュヴィンが意味ありげな笑みを浮かべた。
「すぐに千尋のもとに、向かってくれ。今頃寝室のなかを歩きまわっているころでしょう」
「どうしてここに、二ノ姫がでてくる」
「罰とは、毎夜悪夢にうなされる千尋に一晩中付き合うことなのです」
「えっ……」
 布都彦より一拍はやく、忍人が声をもらしていた。
「そうと決まれば急ぎましょう」
 風早が忍人を追い立てるようにして部屋を出ていくのを、布都彦は唖然とみつめていた。      











○● あとがき ○●
柊、風早、アシュヴィンに暇つぶしの餌食になったのが、忍人です(笑) この四人を客観的に書きたかったので、布都彦視点なのでした。 剣の腕はたつ、軍学も学んで戦の感は非凡に違いないけど、 唯一欠けているところとは、女に関することだろうと。 柊、風、アシュは、本気で忍人を男にしたかったのですよ! 女に溺れる忍人って想像つかないけど、女にちょっとした情けをかけることって ありそうじゃないですか。忍人にその気はなくても、言い寄られるタイプっぽいし^^ 女に免疫がないと、そのちょっとが戦の勝敗をわけることもあるので、戦の鍛練同様 今回は女に関する鍛練だったのでした。 千尋似をあてがうところが、憎いよ柊(笑) あまりにも捻りが無かったので、女とみまごうほどの男にしたのでした。 その方が簡単に振りほどけないし、忍人って女にもてそうだけど、男からも気に入られる タイプだと思うのです。柊だけが、そう思っている?(笑) 罰ゲームが、二ノ姫のお守りということも作文しながら途中で閃いたのでした。 千尋の寝室で、忍人がどのくらい疲弊するか時間があれば、忍千で書いてみたいです。











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